種と野菜と起業と私

無縁だった農と出会って人生が変わっていくお話

若手生産者の叫び

当時(数十年前)、地域では若手生産者の人数が恐らくトップクラスだったかと思われた直売所でした。

その頃から既に、農業生産者の高齢化問題が出始めていたのですが、そんなのどこ吹く風というくらい、平均年齢も他直売所に比べたら若かったのです。

 

彼ら若手生産者さんは、学校を卒業して一旦は社会に出て企業にお勤めした経験のある方々でした。当然のことですが、「売上」や「経費」「生産性」等をきちんと計算して商品の販売単価を決定するわけです。

 

当時その直売所の独自ルールで、「一番出荷の生産者さんが決めた価格よりも下回らないこと」でした。例えば、誰よりも早くその年に大根を出荷し始めた人が200円で販売を開始したら、次に出荷する人はその200円よりも下回って販売してはならないというものです。

それは、野菜がたくさん採れた人が捌きたいがために安くしすぎて、他の生産者のものが売れなくなることを阻止するための施策でした。

そのためには良かった思われる施策ですが、反面問題もおきました。

一番出荷の生産者さんが、とても安く価格決定をしてしまった場合です。

例えば、ほうれん草を150円という価格で販売する計画をたてた生産者さんがいたとしても、一番出荷の人が100円で販売すれば、その生産者さんのほうれん草ばかりが売れていき、150円で出荷した生産者さんのものは売れません。そうなると、皆100円で販売せざるを得ない空気となり、経費を無視した販売価格に苦しむ人が出てきます。

私は今でも理解に苦しみますが、ほうれん草だったら全員「200g」の量で販売するといった、そこだけ「平等」を強いていた直売所でした。ですから、量が統一され価格が違えば、当然安い方ばかりが売れていくわけです。

 

安く販売する傾向にある生産者さんの特徴としては、年金受給者、大量生産、小遣い稼ぎという方が多かったと思います。総じて言えることは、捌ければいい、又は経費をあまり考えていない人たちです。

目に見えて分かる野菜を入れる袋や農業に必要な道具「資材費」や種や肥料等の「仕入れ代」、納品に使用する「車両費」「燃料費」、そして「人件費」等、かかる経費は多いはずです。

 

ですが。

何故か一番かかるはずの「人件費」を特に計算していない人が多いこと、多いこと!

良くも悪くも「格安」販売に拍車をかけ、【産直=安い】というイメージを定着させた方々です。

 

栽培面積や作付量、作る品種や栽培方法、家族構成、法人か個人か、家庭菜園クラスかによってもかかる経費や売上が皆違うはずなのに、どうして一律100円の値段で販売できるのか不思議でした。「ここは100円ショップか!」という程、当時は100円の野菜が多かったです。野菜の種類や品種問わず。

 

私は一人の購入者として「安い」ことは有り難かったのですが、ある日若い生産者さんが「やってらないよ」と言っていたのを聞いてから、もっとこの業界のことを知ろうと思ったものです。

どうして若い人たちは農業を継がなくなってしまったのか、生産者さん達を見ていくと段々それが分かっていくようになります。

 

100円にするか150円にするかと小さな話のように聞こえるかもしれませんが、これも未来の食生産に関わる問題のひとつなのです。

商売ですから、価格競争があって然りでしょうけども、この業界は特に生産者さんが自分で価格をコントロールできないことが大きな問題ではないかと私は思っています。生産物を作っている側が価格を決められず、市場や○協さんが引取価格を決めてしまうんですよね。これって業界内では普通のことなんでしょうけども、私には摩訶不思議でなりません。その年の出荷時でなければ価格が分からないなんて、どうやって計画を立てるわけ?暴落した時なんか野菜を出荷するときに使用するダンボール代の方が高くつくなんてことも多々あり、捨てた方がいいって年も。それって、かかった経費分も取れないってことですよね。この仕組みのせいなのか、おかげなのか大きい農家さんでは稀に「大当たり」する人もいて、「人参御殿」とか「ごぼう御殿」とか言われる大きな家を持っちゃう人もいるわけで。これだから博打と言われるんでしょうね。人類の食を守っている業界がこれでいいのかしら?

 

若い人たちが農業を継がない大きな理由は、やはり「収入不安定」「労力に見合わない」といった理由が当時も今も聞こえてくるわけですよね。

 

直売所では自分で価格を決められるはずなのに、何故かそれができない風潮になってしまったことはとても残念なことだと思って見ていました。

消費者の私は安くて有り難い反面、このままでいいわけないよなと感じていくのでした。

 

続く